今日お預かりするのは、ちょっとドキッとする一言です。
「怪我(けが)と弁当は手前持(てまえも)ち」。
いまの言葉でいうと、「手前持ち」=「自分持ち」。つまり「自分のことは、自分でちゃんと面倒を見る」ということです。
初めて聞いたとき、私はうまく飲み込めませんでした。「ん?どういうことだ?」と。でも意味を知ってからは、今でも作業前にふっと思い出す言葉になりました。今日はこの言葉を、現役の工場勤務をしている私なりの受け取り方で、みなさんに残しておきたいと思います。
「怪我と弁当は手前持ち」ってどういう意味?
この言葉は、建設や林業など、いろいろな現場で口づてに伝わってきた古い言い回しです。だれか有名な人が作った名言ではなく、現場のなかで自然に生まれて、先輩から後輩へと渡されてきた言葉。今ではほとんど使われない、かなり古い言葉です。
そもそも「手前(てまえ)」は、自分自身をへりくだって指す古い言い方です(「手前どもは……」の、あの手前ですね)。だから「手前持ち」は、そのまま「自分持ち」と読みかえてもらって大丈夫です。意味はとてもシンプルで、お昼の弁当を自分で用意して自分で食べるのと同じように、仕事中の怪我も「自分持ち」だ、ということ。痛い思いをするのは、ほかでもない自分自身。だから自分の身は自分でちゃんと面倒を見なさい、という心構えを表した言葉なんですね。
とはいえ、正直に言うと、私はここで止まっていました。なぜ怪我と弁当なんだ、と。
引っかかりの正体は「〇〇持ち」という言い方のほうでした。これは昔から、「誰が引き受けるか」を言うための言い回しなんです。「今日は先方持ちだよ」の、あの「持ち」ですね。だからこの言葉が並べているのは、怪我と弁当の“重さ”じゃない。「引き受ける人の欄」なんです。そこに同じ「手前(自分)」が入るもの同士を、二つ並べただけ。
そう思って見直すと、共通点は一つに絞れます。誰も代わってくれない、ということ。弁当は、忘れれば隣の人におかずを分けてもらえます。でもそれは借りで、自分の腹は自分が食べたぶんしかふくれません。怪我にいたっては、痛みを分けることすらできない。手を挟んだあの痛さを、どう頼んでも誰かに半分持ってもらうことはできません。
いちばん身近な「自分から離せないもの」を横に置いて、怪我も同じ側だと分からせる。よくできた並べ方だったんだな、と今は思っています。
弁当を忘れて、人のおかずを当てにするようでは一人前とは言えない。それと同じで、不注意で怪我をするようでは半人前だぞ ── 昔の職人さんは、そんな矜持(きょうじ/プロとしての誇り)を、この一言に込めていたようです。
ただしこれは、あくまで「昔の職人さんの受け取り方」です。いまは違う ── そこがいちばん大事なところなので、次でお話しします。

先輩が教えてくれた、言葉の「裏側」
この言葉は、私も先輩から直接教わりました。そのとき先輩が話してくれた背景が、私はずっと忘れられません。
先輩いわく ──「昔は、どこの現場にも少なからずそういう空気があったと聞く。労災(ろうさい/仕事中の怪我)を出すと自分の責任にされて、査定が下がる、昇格しなくなる。だから言い出しにくい空気があった、みたいな話だな」。
正直、聞いていてあまりいい気持ちはしませんでした。でも先輩は、ここからがいちばん大事だ、という顔で続けたんです。
「でも、今はそうじゃない。怪我をしたらちゃんと報告する。それが当たり前だ。そのうえで、自分の身は自分で守れ。痛い目を見るのは結局自分なんだから、安全だけは最優先に考えろ。無理なものは無理、ダメなものはダメと、ちゃんと言える人になれ」。
ここははっきり書いておきます。怪我を報告せずに隠す「労災かくし」は、れっきとした法律違反です(労働安全衛生法第100条・同規則第97条。違反は同法第120条で50万円以下の罰金)。それ以上に大事なのは、隠せば同じ事故がくり返されますし、何より怪我をした本人が、きちんとした補償や治療を受けられなくなってしまうこと。仕事中のけがは、原則として健康保険ではなく労災保険で治療を受ける仕組みだからです。だから今は、ちゃんと報告するのが正しい。先輩が言いたかったのは、そういうことだったんだと思います。
「怪我は自分持ち」というのは、決して「会社は知らんぷりしていい」という意味ではありません。本来、安全を守る一番の責任は会社の側にあります。危ない作業はすぐ止めて人を逃がす、それは会社の義務(労働安全衛生法第25条)。そのうえで、働く一人ひとりも「自分の身は自分で守る」気持ちを忘れない ── そんな両輪の話なんですよね。

私が続けている、たった一つの癖
では現役の私が、この言葉をどう「手前持ち」しているか。
派手なヒヤリ体験があるわけではありません。むしろ逆で、私がコツコツ続けているのは、作業に入る前に、自分で調べるという、地味な癖だけです。
- そもそも、これは自分がやっていい作業なのか
- 使う設備や吊り具の耐荷重(たいかじゅう/耐えられる重さ)は足りているか
- 扱う材料や薬品同士の相性は大丈夫か(混ぜたり近づけたりして問題ないか)
- そのやり方は、法令やルールにきちんと沿っているか
たとえば、クレーンで重いものを吊り上げるとき。「たぶん大丈夫」で進めず、吊る荷物の重さに対して、使うワイヤーやスリングなどの吊り具がちゃんと耐えられるか(その重さと吊り具が見合っているか)を、作業の前にきちんと確かめてから動かしたことがあります。重い荷物が人の頭の上を通ることもある作業ですから、もし吊り具の能力を超えていたら……と思うとゾッとします。ほんの数分の確認が、自分や、まわりの仲間の身を守ってくれるんですよね。少しでも不安があれば、勝手に進めず先輩や担当に聞く。たったそれだけのことです。

おかげさまで、私は今まで大きな怪我を一度もせずに、現役を続けられています。じつは転職した直後にも、上司から「もこさんは危うさがないね」と言われたことがありました。危なっかしい作業の仕方をしない、という意味だったようです。特別なことをしている自覚はまったくないのですが、あの「調べる癖」が、知らないうちに体にしみ込んでいたのかもしれません。これも先輩がくれた言葉のおかげだと思っています。
「自分で調べる」は、危険予知の第一歩
この「作業前に自分で調べる」って、実は安全の世界でちゃんと名前がついている考え方とそっくりなんです。
一つはKY(危険予知)。作業の前に「ここに、こんな危険がひそんでいないか?」と先回りして考える習慣のことです。もう一つはリスクアセスメント。危険の大きさを見積もって、先に手を打っておく考え方ですね。むずかしそうな名前ですが、やっていることは「やる前に、ちょっと立ち止まって調べる・考える」。私の地味な癖と、根っこは同じなんです。
KYのいろはは KY(危険予知)の基本 に、AIにたたき台を手伝ってもらう実践は リスクアセスメント×AIの記事 にまとめてあります。気になった方はのぞいてみてください。
そして、この連載で書いてきたことと、今日の言葉は地続きだなあと、書きながら感じています。「挨拶と掃除」で書いた、まわりに目を配る基本。「段取り八分」で書いた、段取りで先回りする考え方。「無知よりやばいのが無関心」で書いた、おかしいと思ったら見過ごさない姿勢。それらが全部つながって、「無理は無理、ダメはダメと言える」という、自分を守る一言にたどり着くんですよね。
怪我は、だれも代わってくれません。でも、だからこそ。自分で調べて、聞いて、止まれる人になる。それは弱さではなくて、現場で長く続けるための、いちばんの強さだと私は思っています。一緒に「手前持ち」していきましょう。
・工場・現場の安全対策のまとめ →「【保存版】工場・現場の安全対策まとめ」
この連載「現場の言葉」の他の記事は、こちらの一覧からどうぞ。現場で受け継がれてきた言葉を、私なりに少しずつ書きためています。
以上、ご安全に!!

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