この連載「現場の言葉」では、いつも現場で誰かから教わった言葉を取り上げてきました。ただ、今日はちょっと毛色が違います。
今回の言葉は、現場の先輩から教わったものではありません。ビジネス系の音声配信や動画で見聞きして、なんとなく頭の片隅に残っていた言葉です。誰の発信で聞いたのか、正直はっきりとは覚えていないのですが、現場の外で出会って、なぜか現場で染みる言葉というのもあるんですよね。今日はそんな回だと思って、お付き合いください。
「早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け」
今の言葉にすると、「一人なら速く進める。でも遠くまで行きたいなら、仲間と一緒に進んだ方がいい」というくらいの意味です。
初めて聞いたとき、正直「確かに!」と思いました。妙に納得したのを覚えています。もともと私は、馴れ合いというのとは少し違うと思うのですが、比較的みんなで進みたいタイプです。だからこの言葉が、変に構えることなく、すとんと胸に落ちたのかもしれません。
現役で工場に立つ今も、この言葉を思い出す場面がたびたびあります。今日はこの言葉を、私なりの受け取り方で書いてみます。
この記事でわかること
- 一人で片づけた方がいい場面と、みんなで動いた方がいい場面の見分け方
- 「みんなで行く」考え方が、クレーンの合図のような安全のルールにもそのまま生きている話
「早く行きたければ一人で行け、遠くに行きたければみんなで行け」ってどういう意味?
この言葉、ネットや本では「アフリカのことわざ」として紹介されることが多いのですが、調べてみると、実ははっきりした出どころは分かっていないようです。
由来を調べている人たちの間でも見方が分かれていて、由来を調べた研究によると、英語圏で確認できる古い類似表現のひとつが、1917年のアメリカの実業家の演説だそうです。当時人気だったイギリスの詩人キプリングの「一人で進む者がいちばん速い」という詩の一節への、いわば”返し文句”として使われたのが最初らしいのです。今のような「早いなら一人、遠いならみんなで」という言い回しは、2004年ごろのアメリカの牧師さんの本で確認できるのが早い例だとか。ただし、これが言葉の始まりだと分かったわけではありません。2007年には、アル・ゴアさんがノーベル平和賞の受賞講演でこの言葉を紹介したことでも知られていますが、ご本人も出典まではっきり示しているわけではありません。
つまり、誰が最初に言い出したのかは、正直よく分からない言葉なんです。それでも、国や時代を越えて、似た考え方が繰り返し語られてきたのは、みんなが「たしかにそうだな」とうなずける中身があるからなんでしょう。
似たようなことを言い表す日本のことわざもあります。「三人寄れば文殊の知恵」は、凡人でも三人集まって相談すればいい知恵が出るものだ、という意味。一方で「船頭多くして船山に上る」は、指図する人が多すぎると統一が取れず、とんでもない方向に進んでしまう、という戒めです。この二つ、実は矛盾しているようで、両方とも本当のことを言っています。知恵は大勢で出し合った方がいい。でも、舵を切る人は一人に絞らないと崩れる。この記事の後半で、この話にもう一度戻ってきます。
ちょっと前に、この考え方と同じだなと感じるものに出会いました。丸紅の企業広告のキャッチコピー「できないことは、みんなでやろう。」です。Adoさんが新曲とライブシーンで出演したCMを見たとき、素直に感動しました。時代が変わっても響くこの考え方が、今の企業広告にも生きているんですよね。

もちろん、一人で行った方がいい場面もあります
誤解しないでほしいのですが、この言葉は「一人でやるのは悪いことだ」と言っているわけではありません。現場には、一人でやった方が確実に速くて、むしろ一人でやるべき作業もたくさんあります。
例えば、段取りの下準備。次の作業で使う工具や部材を並べておく、図面を見直しておく、といった一人で黙々と進める作業は、誰かと一緒にやるとかえって話し込んでしまって進みません。急ぎの単独作業も同じです。手順が頭に入っていて、判断に迷うところがない仕事なら、一人でさっさと片づけた方が、結果的にみんなのためになります。
「一人で行け」を全部否定してしまうと、それはそれで現場が回らなくなります。もちろん、職場のルールで複数人でやると決められている作業は、それが最優先です。そのうえで大事なのは、今やっている作業が「一人で片づけていい仕事」なのか、「一人でやってはいけない仕事」なのかを見分けることなんだと思います。失敗しても自分だけで取り返せる仕事は一人で。失敗が他の人や後の工程にまで及ぶ仕事は、みんなで。この線引きひとつで、だいぶ動き方が変わってきます。
| 場面 | 向いているやり方 |
|---|---|
|
手順が決まっている段取り・準備作業 |
一人で速く |
|
単独作業が認められていて、判断に迷いのない作業 |
一人で速く |
|
重量物の吊り上げ・玉掛けなど合図が要る作業 |
みんなで、合図を一つに |
|
作業前の声かけ・危険の確認 |
みんなで、声を掛け合う |
|
技能や知識を次の世代に伝える仕事 |
みんなで、時間をかけて |
大きな仕事ほど、人の力が要ります
この言葉がいちばん染みるのは、大がかりな据え付け工事のような、規模の大きな仕事に関わっているときです。朝礼にずらっと並ぶヘルメットの数を見るだけで、正直、圧倒されることがあります!大きな仕事をやればやるほど、一人の速さではどうにもならなくて、たくさんの人の力が必要になります。
一人で黙々と進める作業とは、そもそも桁が違う。何人もの手と目が同時に動いて、初めて一つの形になっていく。そういう現場に立つたびに、「遠くに行きたければみんなで行け」という言葉の意味を、頭ではなく体で分かる気がします。
この考え方は、改善にもそのまま当てはまると思います。改善も、一人の気づきから始まることはたくさんあります。そこから、みんなで力を合わせて取り組むと、一人では届かなかったところまで、成し遂げることもできます。改善のことは、「仕事が減る改善、増える改善」という記事にもくわしく書きました。

人に聞くと、気づかせてもらえることがあります
もちろん、大きな工事のような特別な場面だけの話ではありません。普段の仕事でも、人に話を聞くことで、自分では思いつかなかったことや、抜けていたことに気づかせてもらう。そんな場面が、実はけっこうあります。
一人で考え込んでいるときほど、視野は狭くなっているものです。誰かに聞いてみるだけで、自分では見えていなかった抜けや、別のやり方に気づかせてもらえることがあります。聞くのは、ちょっと気恥ずかしいと感じるときもあるのですが、聞かなかった方が、後で困ることの方がずっと多い。そう思うようになりました。
自分から人に聞きに行く、話しかけに行くという意味では、以前書いた仕事は見て盗めという言葉とも、実はつながっている気がします。見て盗むのも、聞いて教えてもらうのも、結局は自分から一歩踏み出さないと始まらない、というところは同じです。
安全の世界も、実は同じ考え方です
「遠くに行きたければみんなで行け」という考え方は、現場の安全のルールの中にも、そのままの形で息づいています。
たとえば、クレーンを使った作業。現場では、合図をする人をあらかじめ一人決めておいて、まわりはその合図だけを見て動きます。クレーン等安全規則(クレーンは第25条、移動式クレーンは第71条)にも、合図を一つに定めて、指名した人の合図に作業をする人全員が従うことが定められています。バラバラの合図のまま吊り荷が動くところを想像すると、ぞっとします!以前玉掛けの記事にも書きましたが、吊っているものは、いつか必ず落ちます。だからこそ、合図をする人は一人に絞る。「船頭多くして船山に上る」の逆で、みんなで動くからこそ、指揮は一人にまとめるんですよね。
危険に気づく力も、実は似ています。作業前のちょっとした声かけや立ち話でも、一人で考えるより、何人かで確認し合った方が見落としに気づきやすいものです。まさに「三人寄れば文殊の知恵」です。

一人の速さと、仲間の遠さと
一人で片づけた方が速い仕事は、確かにあります。それを否定するつもりはありません。ただ、現場という場所は、一人の速さだけでは長く続けていけないようにできています。合図は一人に絞る。でも、その合図に従って動くのはみんな。知恵は大勢で出し合う。でも、決めるのは一人。速さと遠さは、対立するものじゃなくて、使い分けるものなんですよね。
普段、当たり前のようにこなしている仕事も、過去に先輩方が積み重ねてきてくれたことを教わっているから、今こうしてできているんだと思います。そう考えると、自分一人でできていると思っている仕事も、実はみんなでやってきたものなんですよね。
一人で行った方がいい日もあれば、みんなで行った方がいい日もあります。今日はどちらだったか。振り返ってみると、案外はっきり分かるものかもしれません。
・工場・現場の安全対策のまとめ →「【保存版】工場・現場の安全対策まとめ|現役工場勤務が現場目線で書いたガイド」
→ あわせてどうぞ!
この連載「現場の言葉」の他の記事は、こちらの一覧からどうぞ。現場で受け継がれてきた言葉を、私なりに少しずつ書きためています。
以上、ご安全に!!



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