若い頃、先輩から教えてもらった一言があります。
知っているとできるは違う。
この言葉を初めて聞いたとき、「たしかにそうだな」と素直に思いました。それと同時に、「自分は知ってるだけで、できる気になっていたんじゃないか」と、考え直した記憶があります。それからは、気をつけようと思うようになりました。
この記事でわかること
- 先輩からもらった「知っているとできるは違う」という言葉の意味
- 工場の教え方の型として、実は100年以上前からある考え方
- 私がそこに「理解している」を足して、三段階で考えるようになった理由
- 今日から意識できる、小さなチェックの仕方
「知っている」と「できる」のあいだにあるもの
「知っている」というのは、手順や条件を知識として言える状態です。たとえば、この材料はこの条件で削るものだ、と言えること。「できる」というのは、実際にその通りに削って、狙いどおりに仕上げられる状態です。似ているようで、現場ではこの二つ、けっこう離れた場所にあります。知っているだけでは、いざ手を動かしたときに、思うようにいかないことがよくあるからです。
もちろん、知らないより知っているほうが、はるかにいいです。知っていたから危ない場面を避けられた、ということもありますし、調べるときの取っかかりにもなります。そのうえで、なんですが──「知っている」だけで止まってしまうことも、実はけっこう多いと思うんです。マニュアルを読んだ、動画を見た、先輩の話を聞いた──それだけで「もう分かった」となってしまう。でも実際に体を動かしてみると、力の入れ方も、タイミングも、頭で思っていたのとは全然違うことに気づかされます。知ることと、できることのあいだには、安全のルールや作業標準を守って、必要なら誰かについてもらったうえで、実際にやって確かめる工程が、どうしても必要なんだと思います。
実はこの「知っている」と「できる」を橋渡しする教え方には、工場の世界でも古い歴史があります。「見せる→説明する→やらせる→確認する」という教え方の型は、今から100年以上前に、アメリカの造船所で働く人を短期間で育てるために考え出されたもの。その流れをくむ訓練の仕組み(TWIと呼ばれます)が、戦後の1950年にGHQ(連合国軍総司令部)経由で日本の工場教育にも入ってきました。ただしこれは、教える側の手順の話。今日書きたいのは、教わる側が「知っている」から「できる」までの間で、何を通っているのかということです。
教える側の心構えや、教わる側の姿勢については、これまでにも書いてきました。あちらは姿勢の話でしたが、今日はその先──「知っている」から「できる」までの階段そのものを、もう少し分けて考えてみようと思います。
私はここに「理解している」を足したい
先輩がくれたのは、「知っている」と「できる」の二段階でした。ただ、その後、技術寄りの仕事も経験して、私はそこにもう一つ、言葉を足したくなりました。「理解している」です。
知識として知っているだけでなく、なぜそうなるのかを理解している。この理解があるかどうかで、同じ「できた」でも中身がまったく違うと感じるようになったんです。あくまで私の感じ方ですが、理解が伴っていると、うまくいかなかったときにも「じゃあ、こうすればいいかもしれない」と次に繋げやすくなる気がします。
理解していないままできてしまうと、次も同じようにできるとは限りません。極端に言えば、うまくいったのはまぐれだったのかもしれない、ということです。再現性が低いというのは、現場で言うと地味に怖いことです。理由を理解しないまま「できた」で終わらせてしまうと、材料や機械の状態など、条件が少し変わっただけで、同じようにいかなくなることがあるからです。だから私は今、「知っている」「理解している」「できる」の三段階で考えるようにしています。
もう一つ。この「理解」は、自分のためだけのものでもありませんでした。技術寄りの仕事をしていた頃、私が気をつけていたことがあります。作業のやり方を決める書類を書くのは私たちでも、実際に手を動かしてくださるのは、現場の技能職の方々でした。現場の方はプロです。書いた本人が理解していないと、すぐに見抜かれます。「この人、分かってないな」と思われたら、話を聞いてもらえなくなる。だから、「この人、やらせたらできちゃうな」と思われるくらいまで理解して、想定できる問い合わせには答えられるように準備していました。その場で分からないことは、確認してから返すようにしていました。理解は、人に動いてもらうためにも要る──そう思って、気をつけていました。

もちろん、実際の仕事では、この三段階を一方通行で登るわけではありません。やってみて初めて理解できることもありますし、「理解している」と「できる」のあいだを行き来しながら、少しずつ身についていくものだと思います。
現場で感じること
以前、後輩指導のためのOJT(職場内での実地訓練)のチェックリストを作った記事を書いたときも、こんなことを書きました。
チェックリストは「教える手間を減らす道具」ではない。あくまで抜け漏れを防ぐための下敷きで、実際に隣について、やってみせて、やらせてみて、確認する。
チェックリストがあれば、手順を「知っている」状態にはできます。でも、それだけでは足りません。段取りや加工の仕事でも、過去の資料を読んだり、先輩の話を聞いたりして、わかったつもりになっていても、実際にはうまくいかないことが多いんです。そういう場面は、現場では珍しくないんじゃないかと思います。「わかった」と「わかったつもり」は、自分ではなかなか見分けがつかないものだと思います。
工具メーカーのカタログや技術資料に書かれているのは、ある条件を前提にしたやり方です。現場の材料や機械の状態は、そのときどきで微妙に違います。だから、資料通りにやったつもりでも、思うようにいかないことがある。先輩の話も同じです。聞いた瞬間はわかった気になりますが、いざ自分でやってみると、聞いていたときには気づかなかった難しさに直面します。もちろん、職場で決められた作業標準や安全の手順を、自分の判断で外していいという話ではありません。資料や言葉だけでは、理解の階段を全部登りきれない。実際に手を動かして、うまくいったりいかなかったりを繰り返して、初めて「理解している」に近づいていくんだと思います。

今日からできること
今の職場でも、新しい作業を任されるとき、頭の中で段階を数えているわけではありませんが、分からないところを分からないままにして、自己判断で進めないようにしています。理解しないまま進めると、二度手間、三度手間になりかねないからです。そのうえで、たとえばこんなことから始めてみるのはどうでしょうか。
- 人に「なぜそうするのか」まで説明してみる。手順は言えても、その理由をうまく言葉にできなければ、理解はまだ半分なのかもしれません。
- 一回うまくいっても、「まぐれかもしれない」と一度疑ってみる。うまくいった理由、うまくいかなかった理由を振り返ることが大事だと思っています。
- 資料を読んだら、そこで満足せず、実際に手を動かす前提で読み直す。手を動かすつもりで読むと、足りない情報にも気がつけるかもしれません。
- わからないことは、わかったふりをせず、聞く。知ったかぶりのまま進めるのが、一番危ないと思います。
全部いきなりやろうとしなくて大丈夫です。まずはこの中の一つだけでも、意識してみてください。
まとめ
若い頃に先輩からもらった「知っているとできるは違う」という一言に、私はこうして自分の経験から「理解している」を足しました。もらった言葉に、自分なりの一言を積み重ねていくのも、現場の言葉の受け継ぎ方の一つなのかもしれません。前半で触れた「見せる→説明する→やらせる→確認する」という教え方の型も、今の私には、教わる側が「知る」「理解する」「できる」を行き来しながら身につけていくのを支える仕組みのように見えます。
後輩に、この話をきちんとする機会は、まだありません。でも、これから伝える日は来ると思います。そのときにうまく伝えられるように、今のうちに言葉にしておきたくて、この記事を書きました。
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この連載「現場の言葉」の他の記事は、こちらの一覧からどうぞ。現場で受け継がれてきた言葉を、私なりに少しずつ書きためています。
以上、ご安全に!!





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