私は、改善が好きです。
私が不便だと思っていることを解決する方法を考えて、形にする。「こうしたら楽になるんじゃないか」と考えている時間も、狙いどおりにハマった瞬間も、正直、楽しいんです。
でも、その一方で。現場では「また改善か…」というため息を聞くこともあります。同じ「改善」という言葉なのに、楽しみにしている人もいれば、ため息をつく人もいる。好きな改善と、ため息の出る改善。この差は、いったい何なんでしょうか。
先日、管理者の方向けに書いた記事で、こんな一文を書きました。
(【現場からの提案】AIを導入しましょう。スマホを配りましょうより)
もちろん、すべての改善がそうだとは言いませんよ。でも、皆さんの職場でも、こんな傾向を感じたことはありませんか?
あの記事はAIとスマホの話が中心でしたが、書きながら「これ、AIに限った話じゃないな」と思っていました。改善そのものの性質の話なんです。今日はAIやスマホの話はいったん脇に置いて、この一文だけをじっくり深掘りしてみようと思います。同じ「改善」という言葉を使っているのに、なぜ仕事が減るときと増えるときがあるのか。その構造を、一緒に見ていきましょう。
この記事でわかること
- 仕事が「減る」改善と「増える」改善は、何が違うのか(分かれ目は「どこから始まるか」)
- 私が技術職時代にやってしまった、治具の失敗談と、そこからの学び
- 明日からできる、現場側の小さな動き方3つ(と、降ろす側の方への小さなお願い)
仕事が「減る」改善の話
まず、仕事が減る改善から。これは、現場の困りごとから始まる改善です。
わかりやすい例が、点検表や検査記録まわりの二度手間です。紙に手で数値を書き込み、それを後からパソコンに打ち直す。この「書く→また入力する」という流れ、経験がある方、多いですよね。これまでの職場で、私も何度も目にしてきました。
こういう困りごとは、たいてい現場の誰かが最初に気づきます。「これ、二度手間じゃないか」と。そこから、その場で直接入力できる形に変えたり、記録の様式を一枚にまとめたり、というふうに、小さく直していく。大掛かりな仕組みでなくていいんです。
この「気づく」について、私が先輩によく言われた言葉があります。「面倒くさがれ!」。仕事の教えとしては、一見逆に聞こえますよね。でも、これには続きがあって、面倒くさがらないと、改善すべきところに気が付かないんです。まじめに我慢して作業をこなしていると、二度手間も遠回りも「そういうものだ」で流れてしまう。「面倒くさい」と感じるセンサーこそが、直すべき場所を教えてくれる。そういう意味の教えだったんだと、今になって思います。
置き場所や動線の改善も、同じ型です。工具の置き場を手が届く位置に変えるだけで、探す時間がなくなる。通路をふさいでいた台車の定位置を決めるだけで、遠回りがなくなる。どれも地味ですが、効果は翌日からすぐに出ます。図面や道具にラベルを一枚貼るだけ、置き場に線を一本引くだけ、というくらい小さな改善でも、ちゃんと仕事は減るんです。
こういう小さな改善のいいところは、大げさな許可を取りに行かなくていい気軽さです。ただし、安全装置や機械の設定など、安全や製品の品質に関わるところに手を入れる話は別ですよ。ここで言っているのは、置き場やラベルのように、誰の安全にも影響しない範囲の工夫のことです。職場のルールで相談が必要なときは、もちろんそちらが先。そのうえで「まず小さく試してみよう」という空気がある現場は、改善がどんどん回っていく印象があります。
この型の改善に共通しているのは、答え合わせが一瞬で終わることです。直した本人か、隣で作業していた人に「楽になった?」と聞けば、それで答え合わせは終わり。楽になっていなければ、また直せばいい。そこで終わりにせず、安全や品質、次の工程にしわ寄せが出ていないかまで見られれば、さらに安心です。困りごとから始まる改善は、始まりも終わりも現場の中で完結するんです。
仕事が「増える」改善の話
一方で、仕事が増える改善もあります。上から降ってくる改善です。
よくあるのが、現場が実際に何に困っているかを聞かないまま、良さそうな仕組みが先に決まり、「これを使ってください」と現場に降りてくるパターン。降ろす側は「これで現場が楽になるはずだ」と考えて用意しているので、決して手を抜いているわけではありません。むしろ、良かれと思って準備してくれていることがほとんどです。ここは誤解のないように、はっきり書いておきたいところです。
ただ、現場から見ると、望んでいなかった新しい作業がひとつ増える、ということが少なくありません。記録する項目が増える。チェックする欄が増える。中には、「今月の改善提案を1件出してください」というノルマだけが降りてきて、困ってもいないのに改善のネタを探す、という仕事が新しく生まれてしまうこともあります。困りごとの解決そのものを提案にできれば、一番いい形です。ノルマの仕組みそのものが悪いわけではなく、困りごとと結びついていないと空回りしやすい、という話です。「また改善か…」というため息は、たいていこのパターンから出てくるんじゃないかと思います。
繰り返しますが、これは誰かが悪いという話ではありません。降ろす側も、忙しい中で現場のためを思って考えてくれています。ただ、良いものを作ろうとする気持ちと、現場にとって実際に楽になるかどうかは、残念ながら別の話なんです。
厄介なのは、この手の改善は「導入した」時点でいったん完了扱いになりやすいことです。現場が実際に楽になったかどうかまでは、なかなか追いかけてもらえません。だから、増えた作業がそのまま日常に居座ってしまう。誰も悪気はないのに、気づいたら仕事が積み重なっている。これが、上から降ってくる改善の、いちばんもどかしいところだと私は感じています。
ここまでの違いを、表にまとめておきます。
| 困りごとから始まる改善 | 上から降ってくる改善 | |
|---|---|---|
| 始まり | 現場の困りごと | 現場の外で決まった仕組み |
| 答え合わせ | 「楽になった?」で、その場で終わる | 「導入した」時点で完了になりがち |
| 結果 | 仕事が減る | 仕事が増えることもある |
念のため添えておくと、上から始まる改善のすべてが悪い、という話ではありません。安全のための設備投資や、会社全体の仕組みづくりのように、そもそも現場からは手を出せない改善もあります。問題は「上からかどうか」ではなく、現場の困りごととつながっているかどうか。ここはのちほど、じっくり掘り下げます。その前に、ひとつ白状しておきたいことがあります。
白状します。私も「降ろす側」で失敗しました
ここまで、降ってくる改善を少し厳しめに書いてきました。でも実は、偉そうなことを言えない失敗が、私自身にあります。
前の職場で、私は現場の技能職だけでなく、技術職も経験しています。図面を引いて、治具(じぐ・加工や組み立てを楽にするための補助道具)などを設計して作る側の仕事です。
あるとき、現場の意見を聞かないまま改善を進めて、治具をひとつ作り上げました。私の中では、かなりの自信作でした。でも、現場からは望まれていませんでした。そして当時の私には、技術職としての実績も信頼も、まだなかった。技能職時代からの付き合いがあったので、使ってはもらえましたし、角が立つこともありませんでした。ただ、それは治具の出来が認められたからではなく、人の関係に助けられただけ。望まれていないものを届けてしまった、という事実は変わりません。
この失敗から学んだ、私なりの結論はこうです。王道は、現場を巻き込むこと。作る側が一方的に押しつけるのではなく、「それ、あったらほしいかも」と思ってもらえるところまで、現場と一緒に話を温めてから形にすることです。それが難しいなら、次の道は小さな実績を積んで、信頼してもらうこと。あとは、卓越した説明のうまさで「それならやってみよう」と思ってもらう、という道もあるのかもしれませんが、私には難しいです。。。笑 逆に言えば、そのどれでもない改善は、どれだけ出来が良くても、なかなか受け入れてもらえないんだと思います。
この失敗があるから、良かれと思って改善を降ろす側の気持ちも、私には痛いほど分かります。悪気なんて、まったくないんです。それでも、現場が本当に望むものになるとは限らない。だからこそ、次の「なぜ」を一緒に考えてみたいんです。
なぜ「どこから始まるか」で結果が変わるのか
ここが、今日いちばん考えたいところです。同じ「改善」という言葉を使っているのに、なぜ始まる場所によってこんなに結果が変わるのか。あくまで私の実感ですが、4つに整理してみました。
①困りごとの一次情報(いちじじょうほう・実際に体験した本人が持っている情報)は、現場にある
何に困っているかをいちばん正確に知っているのは、困っている本人です。二度手間がつらいのか、探し物に時間がかかるのか、動線が遠回りなのか。これは、実際にその作業をやっている人のところにいちばん集まっている情報です。現場から始まる改善は、この一次情報を持っている人がそのまま直すので、ズレが小さくなりやすいんです。私の治具の失敗も、まさにこれでした。作る腕はあっても、困りごとの一次情報を持っていなかったんです。
②答え合わせの速さが違う
現場発の改善は「楽になった?」のひとことで、その場で答え合わせが終わります。一方、降ってくる改善は「導入したこと」自体が成果として扱われがちで、実際に現場が楽になったかどうかの答え合わせが、そのまま置き去りにされてしまうことがあります。効果が薄くても、いったん配られた仕組みはなかなか止まらない。ここも大きな違いだと思います。
③As-is(アズイズ・今の姿)起点か、To-be(トゥービー・あるべき姿)起点か
As-isとTo-beは、業務改善の本などによく出てくる言葉です。あるべき姿(To-be)を描くこと自体は、必要なことです。ただ、今の姿(As-is)を知らないままあるべき姿だけを決めると、現場とのズレが生まれやすく、余計な仕事を増やしてしまうことがあります。あるべき姿から考えるか、今の困りごとから考えるか。出発点の違いが、そのまま結果の違いになって表れるんです。
④決める人と、楽になる人の距離
現場発の改善は、決める人と実際に作業する人がほぼ同じです。困っている本人が直すので、「仕事が増える改善」は自然と生まれにくい。増えたら自分が困るので、その場で気づいて直すからです。一方、降ってくる改善は、決めた人がその作業を自分ではやりません。だから、仕事が増えてしまっても、決めた側からはそれが見えにくいんです。これも誰かの怠慢ではなく、距離があること自体が原因の、構造の話なんです。
この4つ、並べてみると根っこは一つだと思います。困りごとを知っている人と、改善を決める人の距離です。距離が近ければ近いほど、改善はスムーズに仕事を減らしてくれる。距離が遠ければ遠いほど、良かれと思った改善ほど、かえって仕事を増やしてしまう。ここで言う距離は、役職や席の遠さではなく、困りごとにどれだけ近くで触れているか、という意味です。私はそう捉えています。

現場の私たちに、できること
ここまで構造の話をしてきましたが、最後に、明日から私たち現場にできる小さな動き方を3つ、まとめておきます。
- 困りごとを言葉にして出す。「困っている」と言うのは恥ずかしいことではなく、実はいちばん価値のある情報です。一次情報を持っているのは、他の誰でもなく困っている本人ですから。
- 小さく直して、結果をひとこと残す。「これで1日5分減りました」のように、数字がひとつあるだけで、次の改善が通りやすくなります。職場で必要な記録はきちんと守りつつ、結果は一言でも残しておく、くらいで十分です。
- 降ってきた改善には、困りごとを添えて返す。黙って我慢するのではなく、「それよりも、こちらが困っています」と対案を添えて返してみる。声を上げることは、わがままではないと私は思っています。ただ、伝え方と場面は選んでくださいね。大勢の前で真正面からぶつけるのではなく、まず話しやすい先輩や担当の方に一対一で相談してみる、くらいの温度感がおすすめです。

そして、これは管理する側の方にもお願いしたいことです。現場に何かを降ろす前に、まず何に困っているかを聞いてみてほしいんです。まずは話しやすい人からでいいと思うのですが、私が降ろす側にいたころ、心がけていたのは、現場の、ちょっと怖い人の愚痴を聞きに行くことでした。優しい意見だけを聞いていると、本当の困りごとにはなかなかたどり着けません。愚痴にこそ、改善の本質が詰まっているんです。文句の形をしていても、その奥には「本当はこうだったら仕事がしやすいのに」という一次情報が隠れています。
そのあたりの具体的な進め方は、冒頭でも触れた記事に書きましたので、管理する立場の方はよければそちらも読んでみてください(【現場からの提案】AIを導入しましょう。スマホを配りましょう)。
まとめ
長くなったので、最後にもう一度、芯の一文だけ置いておきます。
この一文さえ覚えておけば、次に「改善」という言葉を聞いたときの受け止め方が、少し変わるんじゃないかと思います。鵜呑みにしないでくださいね、あくまで私の実感をまとめただけのものです。ただ、もし今、何か困りごとを抱えているなら、それを言葉にするところから始めてみてください。それだけで、改善はもう始まっています。
そして、決める立場の方には、これだけ知っておいてほしいんです。現場が望んでいない改善は、受け入れてもらえないか、受け入れられたとしても、仕事を増やしてしまうことがある。たとえ善意から生まれたものでも、です。かつての私の治具も、使ってはもらえたものの、現場が望んだものではありませんでした。誰かを責めたい話ではありません。ただ、それを知っているかどうかで、改善の届け方はきっと変わると思うんです。
以上、ご安全に!!
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