工場で働いていると、「今日、少し残れる?」と声をかけられることがありますよね。「これ、断っていいのかな」「そもそも、命令されたら従う義務があるのかな」と思っても、ふだんは聞きにくいものです。私も若いころは、「残れる?」と聞かれたら、返事は「はい」の一択でした。「いいえ」という選択肢が、そもそも頭になかったんです。笑 それでも心のどこかでは、同じことを思っていました。
結論から言います。残業の命令は「できる場合がある」、が答えです。ただし、できるための条件が4つあって、上限も、断れる場面も、法律で決まっています。
この記事は、残業を考えるシリーズの1本目。まず法律の話を、2026年10月時点の内容で整理しました。(私は弁護士ではないので、困ったときの相談先も最後に書いています。)
この記事でわかること
- 会社が残業を命令できる4つの条件(36協定(さぶろくきょうてい)は、その1つ)
- 残業の上限と割増賃金の数字を、1枚の表で(休日労働を含む・含まないの違いつき)
- 断れる・制限できる場面と、健康を守る線
- 勘違いしやすい点(「36協定があれば何でも命令できる」ではない、など)
結論:残業は命令「できる場合がある」。ただし条件が4つ
会社は、就業規則などに「業務上の必要があれば残業を命じることがある」という定めがあり、かつ36協定(労働基準法36条)が結ばれて労働基準監督署に届け出られていれば、その範囲内で残業を命じることができます。最高裁は1991年(平成3年)の判決で、その就業規則の内容が合理的である限り、労働者は残業をする義務を負うと判断しました(日立製作所武蔵工場事件)。
残業を命じられて拒んだことが、懲戒の理由になりうることも、この判決で認められています(この事件では、懲戒解雇が有効とされました)。ただし、懲戒が有効かどうかは、別に「やりすぎでないか」(労働契約法15条)が問われます。
そして、命令にも限りがあります。権利は濫用(らんよう)してはいけない(労働契約法3条5項)、36協定の範囲(上限・定めた事由)を超える命令はできない(労働基準法32条・36条)、育児・介護中の人や妊産婦などには法律で残業を制限できる仕組みがあります。
つまり、「命令できる」の中身は、「36協定があるから」の一言では足りません。就業規則の合理的な定め、36協定の締結と届出、協定の事由と時間の範囲内、権利の濫用でないこと。この4つが重なって、はじめて成り立ちます(3章で順に見ていきます)。
36協定は、法定の時間を超えるための約束
36協定の前に、言葉を2つだけ。法定労働時間は、法律が定める上限で、1日8時間・週40時間です(労働基準法32条)。所定労働時間は、会社が就業規則などで決めた、休憩を除く勤務時間で、法定労働時間より短くてもかまいません。
所定の終業時刻を過ぎて働くのが「所定外労働」(いわゆる残業)。そのうち法定労働時間の範囲内(例えば所定7時間の会社の7〜8時間目)が「法定内残業」、法定労働時間を超えると「法定外残業(時間外労働)」です。割増賃金(25%以上)が法律で必要になるのは法定外残業からで、36協定が必要になるのも、法定労働時間を超える時間外労働と法定休日の労働です。
なお、週40時間はあくまで原則です。事業の種類や変形労働時間制(期間の中で労働時間を調整する仕組み)では、数え方が変わることがあります。
残業をさせるには、会社が、職場の労働者の過半数で作る労働組合(なければ労働者の過半数を代表する人)と書面で36協定を結び、労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法36条)。協定の内容は、働く人に周知しなければなりません(同106条)。
過半数代表者は、投票や挙手などの民主的な手続きで選ばれた人でなければならず、会社が指名するのはNGです(労働基準法施行規則6条の2)。
ここで大事なのは、36協定は、残業をさせても罰則を受けない(免罰)ための手続き、という点です。それだけで、働く人に残業の義務が生まれるわけではありません。義務の根拠は、1章で書いた就業規則などの定めです。
逆に、36協定がなければ、法定労働時間を超える残業(時間外労働)と法定休日の労働は、原則として命じられません(法定内残業には36協定は要らず、就業規則などの定めと、権利の濫用でないことが条件になります)。例外は、災害など避けられない臨時の必要があって、行政官庁の許可(急ぎのときは事後の届出)を受けた場合などです(同33条)。
自分の職場の36協定は、掲示・書面の交付・電子ファイルなどのいずれかの方法で、知らせる決まりになっています(同106条、施行規則52条の2)。どんな事由と時間が書いてあるか、一度見てみませんか?
命令できる4つの条件:そろって、はじめて成り立つ
最高裁の判決と法律の考え方をもとに、私なりに整理すると、会社が法定労働時間を超える残業を命令できるのは、次の4つがそろったときです。(「4つ」という数え方は私の整理で、法律にそう書いてあるわけではありません。)
- 就業規則などに、合理的な定めがある。「業務上の必要があれば残業を命じることがある」という内容です。
- 36協定が結ばれ、労働基準監督署に届け出られている。
- その命令が、36協定に書かれた事由と時間の範囲の中にある。協定で決めた上限や、残業が必要な事由を、超えることはできません。
- 命令が、権利の濫用でない。命令の必要性や本人の事情に照らして行きすぎた命令は、権利の濫用と判断される可能性があります(労働契約法3条5項)。

日立製作所武蔵工場事件で、就業規則が合理的とされた理由のひとつは、36協定が時間を限り、残業が必要な事由を決めていたことでした。「協定の範囲の中」という条件は、ここから来ています。
もうひとつ、この判決には個別の事情があります。争われたのは、手抜き作業の結果を直すための残業を断った人への懲戒解雇でした。最高裁は、そうした事情を合わせて考え、懲戒解雇が権利の濫用とまではいえないと判断しました。
ですから、この判決は「残業を断れば、必ずクビにできる」と言い切った判決ではありません。個別の事情を合わせて考えて、この事案では懲戒解雇が有効とされました。命令が有効なら、従わないことが懲戒の理由になりうることは変わりません。処分が重すぎないかは、事情ごとに判断されます(労働契約法15条)。
この判決は、昭和62年の労働基準法の改正より前の事案です。当時は、36協定の残業時間に、法律上の上限はありませんでした(罰則つきの上限ができたのは2019年からです)。それでも、「就業規則が合理的なら義務を負う」という考え方は、労働契約法7条にも通じる形で、今も基本とされています。
上限と割増は、これだけ
36協定を結んでも、残業(時間外労働)は原則として月45時間・年360時間までです(労働基準法36条3項・4項)。2019年4月(中小企業は2020年4月)から、法律に罰則つきで定められました。
通常は予想できない業務量の大幅な増加など、臨時の事情があるときの「特別条項」を付けても、①年720時間以内、②1か月は残業と休日労働の合計で100時間未満、③2〜6か月のどの平均も月80時間以内(休日労働を含む)、④月45時間を超えられるのは年6回(6か月)までです(同36条5項・6項)。
数字が多いので、割増賃金も合わせて、1枚にまとめました。
| 区分 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 上限(原則) | 月45時間・年360時間まで | 休日労働を含まない(残業だけの時間) |
| 上限(特別条項つき) | ①年720時間以内 | 休日労働を含まない |
| 上限(特別条項つき) | ②1か月は残業+休日労働の合計で100時間未満 | 休日労働を含む。ちょうど100時間は違反 |
| 上限(特別条項つき) | ③2〜6か月のどの平均も月80時間以内 | 休日労働を含む。80時間ちょうどはセーフ |
| 上限(特別条項つき) | ④月45時間を超えられるのは年6回まで | 6か月まで、ということ |
| 割増賃金 | 法定労働時間を超える残業は25%以上 | 原則、1日8時間・週40時間(法定労働時間)を超えた分 |
| 割増賃金 | 月60時間を超えた分の残業は50%以上 | 月60時間の数え方に、法定休日の労働は入らない |
| 割増賃金 | 法定休日の労働は35%以上 | 土曜出勤が休日か残業かは、会社の休日の決め方で変わる |
| 割増賃金 | 夜10時〜朝5時の深夜労働は25%以上 | 残業と重なると足し算 |
この表で、いちばん間違えやすいのが「休日労働を含むか」です。月45時間・年360時間・年720時間は、休日労働を含みません。月100時間未満と、平均80時間は、休日労働を含みます。
「月45時間を超えたら違法」と思われがちですが、それは誤りです。特別条項が協定に書いてあれば、年6回までは超えられます。反対に、100時間未満と平均80時間は、特別条項の有無に関わらず、常に守る必要があります。
自分の職場の実際の上限は、36協定の中身で違います。協定を見ないと、分かりません。
これらに違反すると、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されるおそれがあります(労働基準法119条)。(2025年6月1日から、刑法の「懲役」は「拘禁刑」に変わりました。)
割増は重なります。残業が深夜に及ぶと合計50%以上、休日の深夜は60%以上、月60時間を超えた残業が深夜に及ぶと75%以上です(労働基準法施行規則20条)。月60時間超の50%は、中小企業も2023年4月1日から適用されています。
断れる・制限できる場面:ポイントは「請求」
法律には、残業をさせてはいけない、または制限できる、と決めている場面があります。ただし、多くは「請求」が必要です。
- 小学校に入る前の子を育てている人は、会社に請求すれば、所定労働時間を超える残業をさせられません(育児・介護休業法16条の8)。以前は「3歳未満」でしたが、2025年4月1日から「小学校就学前」に広がりました。
- 同じく小学校就学前の子を育てている人や、要介護の家族を介護している人は、会社に請求すれば、時間外労働を月24時間・年150時間までに制限できます(同17条・18条)。
- 妊娠中の女性と産後1年以内の女性は、請求すれば時間外労働・休日労働をさせられません(労働基準法66条2項)。18歳未満の人には、36協定による残業・休日労働をさせられません(同60条)。
ただし、育児・介護の制度は「請求」が必要で、「事業の正常な運営を妨げる場合」は例外とされています。厚生労働省の解説では、「残業が仕事上必要だから」というだけの理由で、会社が拒むことは許されないとされています。
請求は、制限を始めたい日の1か月前までにします。入社して1年に満たない人や、週の勤務日が2日以下の人などは、請求できない場合があります。時間外労働の制限を請求したことを理由に、解雇などの不利益な取り扱いをすることは禁止されています(同18条の2)。
なお、1つ目の「所定外労働の制限」は、法定内も含めた残業全般が対象です。2つ目の「時間外労働の制限」は、法定労働時間を超える分が対象で、範囲が違います。
ここで押さえたいのは、「断れる」と「請求できる」は別物、ということです。育児中だから、その場で断れるのではなく、会社への請求という手続きがあって、はじめて制限がかかります。
健康の線:36協定の範囲内でも、会社の配慮義務は消えない
会社は、労働者が安全に働けるよう配慮する義務があります(労働契約法5条)。36協定の範囲内でも同じです。
週40時間を超えて働いた時間が月80時間を超え、疲れがたまっている人は、申し出れば医師の面接指導を受けられ、会社は応じなければなりません(労働安全衛生法66条の8、労働安全衛生規則52条の2・52条の3)。80時間を超えた人には、その時間が会社から通知される決まりもあります。
この80時間は、面接指導を受けられる条件のひとつで、「ここまでなら安心」という線ではありません。
また、「体調が悪ければ断れる」と書いた条文があるわけではありません。ただ、体調や持病の事情は、命令が権利の濫用にあたるか、会社が配慮義務を果たしたかを考えるとき、大事な事情になります。だから、つらいときは早めに、会社へ伝えてください!
疲れをためない休み方は、「休めるときに、しっかり休む」の記事に書きました。
法律が決めていないこと:なぜ今・どこまで・いつまで
ここまで見てきたとおり、法律が決めているのは、残業の「できる条件」と「限界」までです。
「なぜ今日なのか」「どこまで(何時ごろまで)なのか」「いつまで続くのか(今日だけか、今週続くのか)」。命令のたびにこの3つを伝える義務までは、法律に書かれていません。
前の職場で、同じ残業でも、頼まれ方で気持ちがまるで違った経験があります。「ここの作業までやってほしいから、そこが終わるまで」と言われたときと、「少なくとも2時間」と言われたときの差です。この話は、第2弾(頼む側編)で詳しく書きます。
法律で「できる」ことと、納得して動けることは、別の話です。この「納得」をつくるのが、現場の仕事だと思います。
自分から「あと少しやっていこう」と思える気持ちは、私は大事にしたいです(「人より5分努力しろ」の記事に書きました)。ただ、それは自分の気持ちの話。会社が「命じる」残業のルールとは、分けて考えたいのです。
このシリーズは全4回です。第2弾は頼む側(上司・リーダー向け)の「納得して動ける残業の頼み方」、第3弾は頼まれる側の若手が「どう聞いて、どう返事をするか」、第4弾は「残業は成長になるのか」と線引きの話です。若手の方は、第3弾から読んでもらっても大丈夫です!
まとめ:次に残業を頼まれたら、この順番で!
残業は、命令できる「場合がある」。4つの条件がそろったときだけで、上限も、断れる場面も、健康を守る線も、法律に決まっています。数字は「休日労働を含むか」に気をつけて、読んでください。
- 自分の職場の36協定と就業規則を探す。掲示、書面、電子ファイルのどれかで、見られるはずです。
- 協定に書かれた「事由」と「時間」を確かめる。特別条項があるかも見ます。
- 頼まれたら、いつまで・どこまでかを聞いてみる。聞きやすさは職場ごとに違うので、無理のない言い方でかまいません。
- 疲れがたまってきたら、早めに伝える。月80時間超と疲れがあるなら、面接指導の申し出もできます。
- 困ったら、一人で抱えず相談する。労働基準監督署、社会保険労務士、労働組合などです。
勘違いしてほしくないことを、最後に3つだけ。「36協定があれば何でも命令できる」ではありません(条件は4つ)。「月45時間を超えたら即違法」でもありません(特別条項があれば年6回まで。100時間未満と平均80時間は必ず守る線です)。「育児中ならその場で断れる」でもなく、会社への請求という手続きがあって制限がかかります。
この記事は、2026年10月時点の法令にもとづいています。労働基準関係の法制は、国の審議会で見直しの議論が続いていて、今後変わる可能性があります。私は弁護士ではないので、個別の事情は、専門の窓口で確かめてください。
参考(一次情報)
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 労働基準法施行規則(e-Gov法令検索)
- 労働契約法(e-Gov法令検索)
- 育児・介護休業法(e-Gov法令検索)
- 労働安全衛生法(e-Gov法令検索)
- 労働安全衛生規則(e-Gov法令検索)
- 刑法(拘禁刑・e-Gov法令検索)
- 最高裁判決 平成3年11月28日(日立製作所武蔵工場事件・裁判所)
- 時間外労働の上限規制 わかりやすい解説(厚生労働省)
- 月60時間を超える時間外労働の割増賃金率(厚生労働省)
- 割増賃金についてのよくある質問(厚生労働省)
- 育児・介護休業法 令和6年改正のポイント(厚生労働省)
以上、ご安全に!!

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